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2016.02.14 日本の生活

気づけば、2016年になりもう2月になった。もう帰国して半年以上経ち普通に働いている。


旅で使ったマリンのミュアウッズは所々塗装が剥げて錆がでていたのでフレーム塗装に出してリメイク。いろんな国で張り付けたステッカーは剥がしちゃったけど、南アフリカでお世話になった人たちから貰ったステッカーを貼り付け今も通勤に買い物に活躍してくれている。これからも一生使い続けていくだろう。

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旅から日常に戻りまた毎日忙しくしている。この先新しい目標がうっすら見えてきて、少しずつまた動き出してきたところだろうか。

違う形になるだろうが、ここからもう一度チャレンジしていきたい。
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帰国して2か月以上経ちました。もうすっかり日本人です。


帰国してから何度か同じように海外を自転車で旅行した方々と会う機会があって、いろいろな話をして大いに盛り上がるのですが、中でもアウトドア系、自転車系、カメラ・デジモノ系の話で非常に盛り上がります。


その中でも、カメラは一体どんなものを持って行ってるのか?という話がでた。



私は2012年にアラスカからスタートした時、カメラについてはド素人で最初に持って行ったのはそのころから徐々に出始めたソニーのミラーレス一眼NEX-3と単三電池二本で使えるキャノンのコンデジ。一眼をいきなり持って行っても使いこなせる自信がなかったのでミラーレス一眼を旅行中にいじくりながら撮影し試行錯誤しながら使っていた。

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そのおかげでピンボケの写真は撮るは、レンズにホコリが入ったまま撮り続けるは、やたらF値をあげて撮るはまぁ下手くそでアメリカ大陸縦断の写真を見返すともう一回行って撮り直したくなるほど。

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そんな反省点を踏まえて再出発時はニコンのD5200を購入。タムロンの広角レンズに単焦点レンズも持って行って、「これできれいな風景撮りまくってやるぜ!!」って気持ちだった。(それと一緒にニコンの単三で使えるコンデジも買い直した)


入門用のデジ一眼だったけど、それでも私にとってはファインダーを覗いて撮る楽しみを満喫することができた。そして、ミラーレスの走りのNEX-3と比べるとやっぱり一眼のほうがきれいにとれる。野宿時に天の川をくっきり撮れた時はやっぱり一眼ってすげーなぁと素人ながらに感動した。


と、同時にデジタル一眼レフカメラの重量が私にとってはネックになった。以前のミラーレス一眼はレンズを入れても500グラム程度、一方一眼は本体だけで500グラムをゆうに超え、レンズを含むと1キロ弱。交換用のレンズを含めると2キロ近くになってしまう。持ち運びの面で言うと正直非常に面倒だった。また、元来面倒くさがりの性格の私は徐々にレンズ交換する頻度も減っていき、結局最後には標準レンズ一本で他のレンズは日本に送り返してしまった。



中級者以上が使うフルサイズの一眼はもっと重いので、一眼レフとしては軽い部類のものだったけど、ミラーレス一眼から入った私にとってはそれでも負担になった。カメラ好きの人から言わせればそれを補って余りある性能を持っているのだけど。。。





なので今回の経験を踏まえると、カメラ好きでちょっと荷物増えたくらいじゃ気にならん!!って人は一眼とレンズ数本持ってガンガン撮る。
私みたいに面倒くさがりな人はミラーレス一眼や高性能コンデジで機動力重視でいいなと思った。


最近はミラーレス一眼の性能もかなり向上しているらしいし、コンデジの高性能モデルもセンサーサイズの大きなものが各メーカーから出ていて、入門レベルの一眼を超える性能のものもある。まぁ、どれが良いとかは詳しいわけではないので詳しい人に聞いて選ぶのがいいね。


私が言えることはモーターでレンズが飛び出るタイプ(沈胴式?)は故障しやすい。一度コンデジを砂地の地面に落としてしまったらレンズの隙間に砂が入り込んで飛び出なくなってしまって、最終的にレンズエラーになって使い物にならなくなった。



沈胴式のズームカメラなら手動で動かせるモデルのほうが故障しにくいと思う。


キャノンとニコンが故障に強いらしいけど、私の使ってたソニーのミラーレスも1年半は問題なく使用できたから扱に気を付ければどのメーカーでも十分使用できると思う。



あと、イスラム教圏とアフリカの各途上国でドデカイ一眼出して撮ってると周りの視線がジロジロあってなんだか気になる。特にイスラム教の国は人によっては写真をすごく嫌う人もいたし、ブラックアフリカだと撮るなら金よこせ的なからみもちょくちょくあった。嫌がる人がいるところでは撮らないほうがいいし、へんにからまれたら適当にやり過ごす必要がある。その点コンパクトカメラだとさっと撮れるから気分的に楽だと思う。




最近GoProとか動画が撮れる小型カメラが流行ってるけど、これは人ごみの中とか前記のような場所で現地の人たちの自然な姿を撮るのに非常に便利だと思う。小さくて目立たないって旅行で使う場合にはかなり重要な要素だと思った。




ただ、私の場合面倒くさがりなので、動画を撮ってもきっと撮っただけでろくに編集もしないでそのままにしてしまうだろうと思ったので購入しなかった。実際、帰国して写真の整理だけでもアップアップだし。。。





てなわけで、これから自転車旅行に出る人は自分の性格とこだわりを天秤にかけて持っていくカメラを選んでくださいね。

何だかんだ帰国して早2週間以上が経った。帰国当初は高校時代と同じ体重まで落ちていたけど、美味しい日本食と楽しいお酒を飲んで徐々に体重も戻ってきた。





友達と飲んだり、病院に検診に行ったり、歯医者行ったり、荷物整理したりと何だかんだ予定が埋まっている。



日本社会は時間も人も流れが早く旅の中で使っていた体内時計を日本仕様にモデルチェンジさせないといけないなぁと感じる。





ブログの方は旅行中の更新頻度は激減するだろうけど、旅で感じた事や小話、装備のレビュー、テクニックなど時々書いて、今後自転車旅行をする人達の参考になればと思う。




自転車旅行に関しては年単位ですることはもう無いと思う。ただ、まだまだ走りたい国は沢山ある。北欧、オーストラリア、丸々走れなかったアジアもトルコやイラン、パミール高原、ネパールなどなどあげればいくらでもある。だから終わる気はサラサラない。





ただ長くても3ヶ月から半年区切りを隔年でかな?そして、それをやるのは30年後くらいかな?とりあえずちゃんと就職して、日本社会に貢献します。60歳になっても自転車旅行ができる体力を維持するのが大きな目標かな(^_^;)





出発時に思っていた旅の後の計画とは、若干変わりそうだけど、この自転車旅行の経験を何らかの形で活かしていきたいと思っている。これから先もやりたい事が沢山あるのは幸せなこと。
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2015.05.05 I'm home!!! 帰宅
5月2日






夢のようなひと時をお世話になった5星ホテルは最後の最後までお世話になった。空港までハイヤーで送ってもらった。空港にはリアンさんご夫婦が見送りに来てくれ最後に沢山の感謝を告げて別れることが出来た。
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彼がいなければ、こういった終わりを迎えることもできなかっただろうし、南アフリカにこんなに多くの感謝の気を持つこともなかっただろう。一人の人間との出会いが自分の運命を変えたといっても過言ではないかもしれない。こういう時はほんとに一言しか出てこない。ありがとう。






受付もすんなり終わり、定刻通りに飛行機も出発。
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ケープタウン~ドバイで9時間、1時間半のトランジットからドバイ~成田も9時間ほどで無事に日本に到着。






前回と違い10か月ほどなのでそこまで久しぶりな感じでもなかったけど、空港の手荷物検査の職員がみんな直立不動で立って来客を待っている姿を見て、日本に帰ってきたなと実感。








前回同様前の会社の同期が迎えに来てくれていた。近況報告、世間話、他の会社の同期の話などなどとりとめのない話をしながら実家に向かう。





一時帰国を挟んでいたからかもしれないけど、なんだかあっという間に過ぎて行ってしまったように感じる。もう自転車旅行は過去の出来事になった。でもその記憶は私の中で一生消えることはない。





実走行2年半で使った金額はトータル400万くらい。3年間一生懸命働いて貯めたお金は同じくらいの期間をかけて浪費し、私に経験という種をまいてくれた。ちょっとやそっとじゃ手に入らないくらい貴重な貴重な種。その種をきれいな花にするか枯らしてしまうかはこれから先の私の手入れの仕方次第。




私の人生はこれで終わりじゃない。まだまだ先がある。正直私は自転車旅行がすべてでもないし、これに一生を費やそうとも思っていない。次にもその次にもやりたいことは沢山控えている。



そんな次に控える自分がしてみたい事に今回の自転車旅行も形を変えてきっと役に立ってくれるだろう。






道端で知り合ったおばちゃんたちとの小話、一泊泊めてくれた家族の優しさ、へべれけな酔っぱらいのおじさんたちの歌声、目を見開くくらいの澄んだ景色、どこからともなく聞こえてきた民族歌、突然現れる野生動物、けたたましいクラクション、さわやかなドライバー、グラマラスな美女、キャッキャキャッキャ騒ぐ子供たち、音のない新月の夜の野宿、川のほとりのキャンプ場、汗もすぐ乾くくらい強い日差しの酷暑、ボトルの水も凍るほどの極寒、などなど


いま目を閉じても思い出せる無数の「思い出」。これが私は欲しかった。







Thank you
Gracias (グラッシャス)
teşekkür ederim (テシュキュールエディウルム)
благодаря (ブタゴダリャ)
falemnderit (ファルメンディール)
hvala (ファーラ)
grazie (グラッツェ)
merci (メルシ)
(ショックラン) شكرا 
asante (アサンテ)
dankie (ダンケ)
ありがとう







何千、何万回と言ってきたこの言葉。つたない言葉にたくさんの気持ちを込めて伝えた言葉。どこの国でもこの言葉はなるべく現地の言葉で伝えた。



ありがとう。








そして、ただいま
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これぞ日本の朝食。
Apr28,2015






朝、いつも通りの時間に起きていつものように朝食を済ませる。ビスケットにバナナ、ソーセージ。あったかいコーヒーを飲んで目が覚めたころにトイレに行ってシャワーを浴びて、のんびり準備を整えたころには9時になっていた。






今日は焦る必要は無い。ゴールはすぐそこ。荷物をまとめサイモンズタウンを出発する。ここの宿の主人も、今まで泊まってきた色々な国の宿の主人と同じように笑顔で送り出してくれた。





海から吹く風と昇りだした太陽の光を受けてペダルを回していく。1キロ、2キロ・・・5キロ、10キロ。


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ケープ岬国立公園のゲートで入場料を払って敷地内に入る。そこからはゆっくり休憩を入れつつ進む。荒々しい岩肌にかわいらしい植物や木々が茂む。時間がたつにつれて気温はだいぶ上がってきたけど、それと同時に海からの風が強くなって肌寒さも強まる。
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久しぶりに重ね着した黄色のインナーに青のシャツはすっかり色あせて汚れが目立つ。これを着るのも今日が最後かな。。。





「Cape of Good Hope」の標識を見つけさらに進む。強烈な追い風が吹いてくれて自然と速度が上がる。海岸線の先にバスが数台停まっている場所が見えた。徐々に近づいていく。バスや数台の車が駐車してある先に人だかりが出来ている。そして更にその先には、度々、サイクリストのブログやフェイスブックで見慣れた看板が目に入ってくる。カメラを用意し順番を待ち、イタリアから来たという紳士的なご老人にカメラを渡す。












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2015年4月28日 喜望峰到着。







ついに旅のゴールと考えていた喜望峰にたどり着いた。再出発から10か月弱、15000キロ。そしてトータル3年、実走行2年半、約43000キロの道のりを駆け抜けてきて無事にゴールしたのだ。







だけどなぜだろう?「ゴールしたんだな。」としみじみと感じることは出来たが、心の底から震えるような喜びも、身の毛がたつ程の昂揚感も無い。あるのは無事に走りきれた安心感と、よくもまぁ3年も自転車旅行したなぁと半ば呆れたような放心とほんの少しばかりの達成感だった。周りにはたくさんの観光客がいて賑やかだったから感慨に浸れるほど静かでもなかったからかもしれないけど、明日もまた荷物を自転車に積んでどこかに向かって走り出してしまいそうな程だった。
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そこからは自転車を取り戻すために多大な協力をしてくれたリアンさんと落合い、地元テレビ局からの取材を受けた。地元の人たちの多くが私が自転車を盗まれたこと、そしてそれをみんなの力で取り戻したことを知っているみたいで、結構なニュースになっているらしい。事件の当事者なんだけれど、そこらへんの情報があまり自分に入ってこなくてイマイチピンと来なかったけど、この日の夕方にはハッキリした。







実はリアンさん経由でニュースを知った地元の観光局の人たちが私にケープタウンでの滞在にとホテルを用意してくれていた。せっかくの招待を拒む理由がどこにもないのでありがたく宿泊させてもらう事になっていた。国立公園のゲートまで迎えに来てもらって自転車をピックアップして向ったホテルは何とケープタウンの中心地に位置する最高級5星ホテル!!もうね、連れられてきた瞬間「うわ、やべぇ!?」と思いましたよ。何もかも綺麗すぎて場違い感半端なかったですよ(笑)ピカピカすぎです!床で寝れます!ボーイが荷物運んでます!扉が回ってます!ウェルカムドリンクとケーキ付です!みんな甘い香りがします!






ロビーではこのホテルのCEOと副支配人、さらにはケープタウン日本領事館の職員の人も出迎えに来られていた。何だか壮大なドッキリに仕掛けられているような展開に、自分の頭で処理しきれなくなってきた。。。
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そして連れられた部屋は客室12階のうちの10階(実際はロビーと中二階があるのでたぶん日本の12階くらいにあたる高さ)のスイートルーム!!!
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おいおいおい!部屋にトイレ二つあるよ。テレビも2つあるよ。食べ物も飲み物もお酒も備え付けだよ。ベッドがふかふかだよ。





この前まで毎日テントで寝てた私の寝床は魔法使いによって綺麗な景色が見れる高級ホテルの一室に変えられてしまったようだ。いや、逆にここにテント張れば史上最高の野宿スポットになるのではないか!?






食事は更にすごかった。夕食、朝食とビュッフェスタイルで種類がかなり豊富。数ある品を皿にあふれんばかりによそうのはお品が無いので、スープ、サラダ、メインディッシュと順番にとって食べていった。テーブルの横にはスマートフォンを置き、「失敗しないテーブルマナー」と題したページを読んでいた。
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翌日からホテルの計らいですべての観光チケットをホテルが予約してくれた。ネルソン・マンデラ元大統領も投獄されていた刑務所があるロビン島やケープタウン市内をめぐる赤バスツアー。ウォーターフロントでの買い物などなど、おかげで少ない時間を使って効率的に観光をすることが出来た。梱包作業に手間取って残念ながらテーブルマウンテンに上ることが出来なかったけど、いろいろと楽しむことが出来た。





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久しぶりのまともな観光の日々を独りでまわっていた時、ふと、あぁ終わったんだなと少し実感することが出来た。




本当にゴールしたんだなと。