上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
10Nov,2014 70km
11Nov 105km
12Nov 24km
13Nov 0km
14Nov 0km


シェフシャウエン ~ キニートラ





シャウエンでのメディナ観光を満喫しお次の目的地はどうしましょうか?と考えた。ここから270キロほどで首都のラバトに向かう。本来交通量の多い首都に行く気にはならないのだけれど、ラバトにはモーリタニア大使館があって、そこでモーリタニアのビザ申請をしなくてはいけないからしょうがない。多くのサイクリストはここから南東に進み、フェズというメディナが迷路のように複雑な町によってアトラス山脈を通って首都部を迂回し、バスなどを利用してラバトに来ることが一般的みたいだ。私はもとより行く気が無かったので、直接ラバトに行きます。

しゃう




DSC_0079mc.jpg
非常に親切にしてくれた宿のオーナー。合気道の黒帯を持っている人で、昨晩は小一時間ほど合気道のレクチャー?を受けた。モロッコでは結構武道が人気らしく、柔道やテコンドー、空手なども盛んらしい。



最後までオーナーに見送られて出発。しばらく走ると街を見渡せる丘を通った。所々青い建物が目につく。ただ、遠目に見ると白い建物の方が茶色の山と青い空に映えてきれいだなと思った。




DSC_0080mc.jpg
シャウエンの街並み。山の中腹に広がる街は平坦な場所を探す方が難しいくらい坂だらけだった。街にいる人は若い人が多く、子供たちもあちこちで遊んでいた。若い人たちが沢山いることは国の将来にっとっても大切なこと。






DSC_0086mc.jpg
そこからは心地いそよ風が吹く山道をのんびりと走る。思った以上に下りが多く、すいすいと進むことができた。





DSC_0085mc.jpg
どんな小さな町にも食事ができる場所があってありがたい値段はどこも20~30DH程度が一般的。他の料理の名前が良くわからないので、結果的に毎回タジン鍋を食べることが多い。すっきっ腹にどんどん入っていくが、脂肪が多い料理もあり時折胃がもたれるのは三十路手前の弊害だろうか?







その日Ouezzaneという町に着いたのだが、そこで携帯でネットができるように契約してみようと思い通信会社のオフィスへ行ってみた。こちらの人は英語ではなくアラビア語とフランス語を話すので身振り手振りで意思を伝えてみる。中々伝わらない中近くにいた子供たちがいろいろと助けてくれた。通信会社ではなく近くの電話屋で契約するんだと、一緒についてきてくれて初期設定まで手伝ってくれた。おかげで何とかネットに繋ぐことができた。
DSC_0087mc.jpg

本当に親切にしてくれたので、今回は気持ち程度ではあるが謝礼を渡そうとしたが、彼らは「ノープロブレム」と言って一向に受け取らなかった。


この時の私の感情を文で表すのは非常に難しいのだが、一切の見返りを求めない彼らの親切に心から感動し本当に涙がでそうだった。それと同時に彼らは謝礼を求めているのではないかと考えてしまった自分を恥じた。入国初日にごちゃごちゃ揉めたから私の中でちょっと身構えていた部分があったのかもしれない。




最後に安くていいホテルがあると道を教えてもらい、彼らと別れた。ショクラン(ありがとう)と何度もお礼を言って握手をするしか自分で表せる感謝の気持ちが無いのが本当に歯がゆかったが、彼らは最後まで笑顔で手を振ってくれた。







教えてくれたホテルは本当に優良物件で80DH(1000円弱)でネット付にホットシャワー。多分モロッコ滞在中でベスト3に入るだろう最高の宿だった。




DSC_0088mc.jpg
アラビア語のコカ・コーラ。全く読めません(^^;)ちなみにアラビア語は右から左に読みます。









翌日、荷物をまとめて外に出ると天気はあいにくの小雨。まぁ大して降らないだろうと予想しそのまま出発。





DSC_0090mc.jpg
しかし、予想に反して雨脚は強まる。雲の切れ目も見当たらず、日本の菜種梅雨のようなポツポツ雨が降りしきる。これなら連泊しとけばよかったぁ~と若干の後悔も先に立たず、気持ちを振り切って前に進む。





昼前になるとさらに雨脚が強くなる。時折風と一緒に横からレインウェアに打ち付ける。シューズカバーももう意味をなさず靴下も生濡れ。自転車を漕いでいると一番テンションが下がる環境だろう。





DSC_0091mc.jpg
昼飯のレストランにて、店内にいる人の半分以上は雨宿りの人たちだった。







昼ご飯をとった町にもホテルはあったが、設備の割に割高だったので、次の街で探そうと先に進む。





しかし、その先の町にホテルが無く、時刻はすでに夕刻。徐々に焦りながらペダルを回していたが、6時前に夜に追いつかれる。路肩の狭いモロッコの道ではこれ以上進むのは厳しいと思い、通りかかったガソリンスタンド併設のレストランで一泊させてくれないかと交渉するも断られる。しょうがないから頑張って先に進もうかと考えていると、男の子が声をかけてきた。「家に泊まっていきなよ!」

そういうと、男の子は私の自転車を先導するように歩き出し家に案内してくれた。


男の子が家族に話すと家族の人たちも笑顔で迎え入れてくれた。恐縮しながらも一泊お世話になることに。



DSC_0098mc.jpg
イルジ家の方々。左から2番目のホドルファ君が私を誘ってくれた男の子。言葉が悪いかもしれないが、彼らの家族は決して裕福な生活をしているわけではなかったが、私を最大限にもてなしてくれた。夕飯、朝食を一緒に食べさせてくれたり、おそらく家族の誰かが寝るであろうベッドに私を寝させてくれた。私は寝袋もマットもあるから大丈夫と言ったけど、ベッドに寝なさいともてなしてくれた。





私のためにタンスの奥から綺麗な毛布を出してくれた、温かいベッド。本当にありがとう。この二日、本当に親切な人に会っている。世界三大ウザイ国と言われるモロッコ。ただ、自転車旅で観光地じゃない場所を走れば溢れんばかりの優しさを感じられる。自転車旅をしていて本当に良かったと思った。






翌日、雨が上がり、イルザ家の方々に何度も何度も挨拶をして出発した。



DSC_0099mc.jpg
風が涼しくアスファルトが湿った道路をしばらく走っていると、目の前にタクシーが止まった。そこから出てきたのはホドルファとお母さんだった。急に寂しくなって最後にもう一度お別れを言いたくて追ってきてくれたのだ。








DSC_0100mc.jpg
目を少し赤くした彼の瞳を見ていると、本当に純粋な心を持っているんだなと感動した。昨日知り合ったばかりの異国の旅行者を家に招いてもてなしてくれただけでも本当に素晴らしいことなのに、そんな人に対してここまでの感情を抱いてくれることが信じられなかった。私が彼と同じくらいの年の時に彼と同じようにできただろうか?到底無理だっただろう。


彼と彼の家族がしてくれたもてなし、優しさ、そのすべてが温かかった。




彼とハグして走り出す。いつまでもいつまでも手を振ってくれるホドルファに手を振り返していると、自分のピュアな心は一体どこに落っことしてきたのだろうとちょっとさみしくなった。













そこから25キロほどで首都ラバト手前のキニートラまでやって来た。ここまで来るとかなりの都心。街行く女性もスカーフを巻いていな人が多くなる。




120DHのネット付の宿を見つけ投宿。



DSC_0102mc.jpg






DSC_0103mc.jpg







雨に当たり過ぎたからだろうか?翌日から体調がすぐれなかった。曜日を間違えて、週明けまでビザの申請もできないことが分かったので、この日もその次の日も連泊し体調回復に努めた。


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://big5traveler.blog.fc2.com/tb.php/396-34b2330d
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。