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19Nov 120km Taoussiさん宅にて民泊
20Nov 105km サボテンの影にて野宿
21Nov 94km マラケシュ(Marakech)Hotel CTM



Rabat ~ Marakech


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ラバトのメディナにある宿はスタッフも親切で中々快適だった。メディナ入口から200mほど入った路地の左奥にあったホテルマラケシュ。シングルだったら80DH、ダブルなら100DH。シャワー別途10DH。





体調崩したり、ビザ取したりとここ一週間まともに走っていなかったので久しぶりの長距離走行開始。とはいっても次の目的地はモロッコでは有数の観光地であるマラケシュ。当初行こうか迷っていたが、このタイミングで地元の友達もちょうどマラケシュに来るというので、3日後にそこで会う約束をした。









マラケシュまでは大体330キロ。早くて3日、遅くても4日あれば十分に到着できる距離だ。










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ラバトからしばらくは海岸線に沿って進む。そのまま進めばモロッコ最大の都市カサブランカがある。私はその手前で南に折れてマラケシュに向かう。道路状況は場所によって大きく異なり、綺麗に舗装されている場所から虫が食ったような凸凹の穴だらけの場所まで様々。路肩の路面状況はそれ以上に悪く、多い交通量と相まって非常に走り辛かった。














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30キロおきくらいに小さい町が点在するので、昼食には不自由しない。この日は魚を焼いていた屋台での昼食。味はサンマに近いような魚で、店先は魚の油が焦げた匂いで非常に香ばしかった。13DHとかなり安く味も日本人好みで申し分なかったのだが、ただ一つ、主食がパンなのが非常に残念だった。ここに白米と大根おろしと醤油があったらそのメニューに100DH出しても惜しくはないだろう。





平地がメインだったこともありこの日は120キロほど走ることができた。Barrechidという町に着いたのが6時前夕日が傾き町中に明かりが灯り始めた時間帯だった。町の入口でMTBに乗ったサイクリストに声をかけられた。




この町にはホテルは無いからよかったら家に泊まっていけと誘ってくれた。Taoussi(ターオッシュ)さんという方で姿、出で立ちにとても品のある人だった。何よりトレックのMTBにゴリゴリのサイクルウェアを着ている人だったので、安心できた。お言葉に甘えて彼の家で一泊お世話になることにした。




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5歳の息子と、奥さんとの3人家族。奥さんはかなり敬謙なイスラム教徒の方で、挨拶をする者の家族以外の男性とは触れてもいけないと話していた。







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ずうずうしくも夕食をご馳走になり、その後ハマームに行こうと誘われた。最初私はハマームのことをトイレやシャワールームの一種だと思っていたが、実は日本の銭湯のような大衆浴場らしく、とても興味があったので一緒に連れて行ってもらうことにした。週に1度か2度家族でハマームに行く、この日も多くのお客でにぎわっていた。




ハマームのシステムは受付で預け荷物と引き換えに大きなバケツをもらって中に入る。入浴料は払わせてくれと言ったが頑なに自分が払うと、言って私に財布を出させてくれなかった。この時は本当にお礼しか言えなかった。





浴場は湯船などがあるわけではなくお湯と水が出る蛇口が至る所に取りつけられていて各々がバケツに汲んで身体を洗うというもの。フルチンではなくパンツは履いたままだ。




非常に興味があったので他の人たちがどうゆう風にしているか見ていると、大体二人一組になって背中を垢すりしあったり、洗いあったり、はたまたマッサージしあったりしている。


Taoussiさんが私の体を垢すりしてやるから横になれと言われた。正直自分の体を他人に現れるのは若干抵抗があったが、これもイスラムの文化の一つ。郷に入ってはなんとやら。垢すりをしてもらった。旅でため込んだ垢はなかなかなもので、すってもすっても出てくる。流石にタオッシュさんも驚いていた。


その後マッサージもすると言ってくれたが、流石にそれは断った。いきなりそこまで受け入れられるほど私は大らかではないようだ。。。




その後Taoussiさんの背中を洗ってあげて、ハマームを上がった。やはり温かいお湯で体を洗うのは日本人であればだれでもリラックスできるものだ。おかげで体もすっきりして、疲れを癒すことができた。





その日は10時過ぎくらいまでTaoussiさんとイスラムの文化や、日本の文化について話した。お互い英語が不十分でグーグルトランスレーターでの会話だったが、時間のかかるコミュニケーションによってお互いのことがより一層理解しあえたような気がした。




翌日、町の出口まで見送りに出てくれたTaoussiさん。最後の最後まで他に何か必要なものは無いか?と聞いてくれた。本当は飲み物と行動食を買いたかったが、それを買ったら間違いなく彼が払ってしまいそうだったので、彼と別れた後に買った。





正直モロッコを走っていてこんなにも親切な人たちがいるとは思ってもみなかった。イスラム教は異文化の人たちからは何かと悪いイメージで見られがちだが、それはあくまでごく一部で多くのイスラム教徒の人たちはとても親切で優しい人たちなのだと感じた。私が彼にできたお礼はありがとうと伝えることと、フェイスブックで彼と家族の写真を送ってあげることくらいだった。









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そこから2日かけてマラケシュに向かった。途中の一泊は町と町との間のサボテンの茂みでの野宿だった。砂漠が近くなっているからだろう、荒野が続き遮るものが少ないので、日が落ちてからテントを張ったりして、目立たないように注意した。モロッコの地方の田舎町にはホテルが無いところが意外と多く、ちょっと苦労することが多くなりそうだ。






途中で立ち寄った小さな町のレストラン25DHと安い割に味がしっかりついていてとてもおいしかった!お店のお兄さんも控えめな方でとても好感が持てた。
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21日夕方ごろにマラケシュに到着。とりあえずメディナを目指して突っ走る。メディナの中は思った以上に人だらけ、自転車にバイク、荷馬車までが狭い路地を行きかい、生々しい人の生活臭が立ち込める。南米のアンデスのメルカドに似たものを感じるがそれ以上に人々がギラギラしているように見えた。客引きのオッチャン、工房の職人、子連れのお母さん、その誰もが生きることへの強い執着を持っているようだった。




8割がた人の波に沿って適当に進んでいたらちょうど世界遺産にもなっているマラケシュ一の観光名所であるフナ広場に出た。飯屋台にジュースパーラー、大道芸に物売りなどなどそれに観光客も入り混じった熱気が屋台の蒸気と一緒にもわもわと立ち込める。ただただ圧倒される空間に放り出された。



そんな人混みをかき分けて周りのホテルをまわってみると、広場の目の前にあって一泊150DHで朝食付き、部屋にトイレとシャワー完備のホテルを見つけた。Hotel CTM。スタッフも親切で部屋は奥まった場所にあり広場の騒音も聞こえない非常に快適な宿に泊まることができた。





シャワーを浴びて早速夕食へ。



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歩けばそこら中から客引きの声がかかる。一番気さくそうな兄ちゃんのところのレストランに入り、クスクスを食べた。店先のテーブルに腰を掛けて行きかう人たちを見ていると、客引きの兄ちゃんたちの奮闘が非常によくわかった。旅行者には片っ端から声をかける。欧米人にはフランス語、英語、スペイン語、ドイツ語などを使い分けお客の気を引く。アジア系なら「日本人?」「うちおいしいよ」「食べてって!」などなどいくつもの日本語が飛び出してくる。私を誘った客引きの兄ちゃんはしきりに「オッパピー」を連呼していた。




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そうやって一日何百と声をかけて答えてくれるのなんてほんの数パーセントだろう。私が彼らの立場だったら一日で心が折れていることだ。






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そんな彼らの奮闘を横目に出てきたクスクスをいただく。野菜が多く使われていて非常に食べやすい。日本に帰ってからもモロッコ料理が病みつきになりそうな気がする。





食事後、客引きの兄ちゃんに「Good Luck」と気持ちばかりのチップを渡し、ついでに「オッパピーはもう古いギャグだから」と新ギャグを伝授した。









彼の客引きの決め台詞は次の日から「ダメヨ~ダメダメ」になったことだろう。



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