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09Dec,2014 101km 砂漠の岩陰で野宿
10Dec 126km   マハムッドさんが管理する施設で一泊お世話になる(温泉付き)
11Dec 103km   砂漠の真ん中で野宿




ボズドールを出るとさらに何もなくなる。次にまともな町は半島に突き出たダフラという港町になるのだけれど、そこまでの約330キロほどの間にあるのは小さな集落やガスストップくらい。地図を見ただけでも骨が折れる道だというのは痛いほどよくわかった。





前日160キロオーバーの走行でも思ったほど疲れは溜まっておらずペダリングは非常に力強かった。





が、この日は風向きがなんだかおかしかった。今までは海側からや海岸線をなめるように吹く北東からの風だったが、この日は内陸地側から吹く南東からの風だった。西サハラのルートは大まかには南西に進む。なので、南東からの風だともろに横から受けることになる。強い横風は自転車を進めるほど向い風の感覚に近くなり、走行速度を一気に落とさせた。
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おかしい。。。おかしい。。。ここら辺一帯は季節に関係なく偏西風の影響で北からの風になるはずなのに。。。そんな「想定外」の風に戸惑いながら進む。



正直強い横風と言っても前もってわかっていればそれほど気落ちすることではないのだけれど、自分自身追い風に乗れるとばかり思っていた期待感からの落差が大きく、食いしばる歯に余計に力が入ってしまった。




自分の進行方向に対して左側から吹く風のため通り過ぎる車の砂埃が全部自分にかかってくる。特に大型トラックの通過の際の風圧はすごく、ハンドルを取られないようにするのがやっと。そこに間髪入れず砂が降りかかり、サングラスやヘルメット、ネックカバーの隙間に入り込んでくる。






そんな状態の中を耐え忍び、この日は101キロを走り道路わきにあった岩陰で野宿。本当はこの先のガソリンスタンドまで行きたかったが、距離をそこまで伸ばせなかった。通常の道なら101キロも走れば御の字だけれど、サハラの追い風を期待した私にとってはなんだか少し物足りない。





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翌朝。今日はきっと風向きも変わってるだろ!っと期待に胸いっぱいに起床したものの、南東から変わらず吹く風が顔にぶつかり現実砂埃と一緒に厳しい現実を私に突きつける。
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この日は約130キロほど先にあると聞いているサイクリストを泊めてくれる親切な方が管理する施設があると聞き、そこを目指す。なんでもそこは砂漠の真ん中に温泉が湧いているという話。日本人なら泣いて喜ぶ?場所に違いない。



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時折通り過ぎる謎の集落。人がいる気配が無く、ただただ、建物だけを作ったようなもの。こういった形的な“町”を増やしていくことによってどんどんと実効支配を強めている。


ここは国際上は現在どこの国にも属していな西サハラという地域にあたる。しかし現状はモロッコが軍を配置し実効支配をしている。


歴史的な流れで説明すると。。。

・1800年後半から1970年代までスペインの海外領だったが、1975年にスペインが撤退。
・その後、モーリタニアとモロッコが西サハラを二分する形で併合。
・それをよく思わなかった先住民のベルベル人系の人たちがアルジェリアの軍事支援を受けてポリサリオ戦線という解放組織を作る。
・彼らの抵抗からクーデターが起こり1978年モーリタニアは西サハラの領有権を放棄。和平協定を結ぶ。
・そこをすかさずモロッコ軍が侵入し西サハラ全土を実効支配する。
・モロッコとポリサリオ戦線はバチバチやりあっていたが、1991年国連の仲介で独立を問う選挙を実施することに。
・モロッコ→「わかりました。やりますとも。。。。そのうちね。」っといった感じではぐらかしながら現在にいたる。その間にも西サハラのインフラを整備し実質的な領有権を主張している。



と何とも狡猾?なやり方で西サハラを治めているモロッコだけど、実際に自転車で走っていて、こんな何もない砂漠地帯を国として保有することに何かメリットがあるのだろうか?と思ってしまった。インフラ整備だけでもかなりの負担になるはずだし。。。と思っていたら、どうやら豊富なリン鉱床が西サハラ一帯にあるらしい。それ以外にも貿易上有益な場所なのだろう。














この日の走行は正直よく覚えていない。代わり映えしない砂漠の道を横風に煽られながらただただ、走っただけだったからだろう。覚えてることと言えばやたらとハエに集られたことくらいだろう。走行中周りを飛び回るハエをいちいちはらっていてもキリがないので、最終的に顔と手以外に止まる分には気にしないことにした。



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所々に建っている電波塔。こういった人工物を目にするだけでも安心感がある。風の強いここら辺ではベルベル族の人たちが壁にそって自分たちの家を建てていたりする。周り一帯に本当に何もないところだけど、人は生きられるのだなと感心。







夕方頃には126キロ走り目的のマハムッドさんという方が管理する施設に到着。が、マハムッドさんは不在で代わりにフランス人夫婦のサイクリストに手招きされた。彼らもマハムッドさんに声をかけられてここに泊まるらしい。欧米のサイクリストの間でもこの場所は有名なんだとか。しばらくするとマハムッドさんが戻ってきて、挨拶をすると、早速温泉に案内してもらった。もともとはUNの管理していた施設らしいが、今はマハムッドさんが管理している。厳密には軍の管理なのかな??







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案内された部屋には壁からパイプが突き出ていて、横の配管の栓をレンチで回すとそこから温泉が出てきた。深さ800mだったか900mだったか?から汲み上げている温泉なんだとか。硫黄のにおいと湯加減が絶妙!可能ならここに湯船を作ってほしい。









その晩はマハムッドさんにパンと魚の缶詰をご馳走になった。私が持参している醤油を魚にかけてみたら、非常にご満悦に食べてもらえたのが何よりうれしかった。
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翌朝、甘いミルクチャイをご馳走になった後、何度もお礼を言って出発。
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この日は前日まで以上に南東からの風が強かった。風で舞った砂で100m先も霞んでしまう。こんな場所でメインの一眼を出すことはできないので、サブのコンデジで撮影。想定外の風も3日続くと受け入れられる。サイクリストは自然現象に対してイライラしてはいけない。どうせ逆らうことはできないのだから。
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そう心の中で言い聞かせ、この日も変わらぬ茶色と白の大地を進んだ。
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