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8Feb,2015 120km Karonga - Kamendo
9Feb 59km Kamendo - Chipata(zambia)
10Feb 3km Chipata
11Feb 3km -------
12Feb 3km -------




Karonga - Chipata(Zambia)




I got Malaria again???



病み上がりを考慮して一泊休息日を入れたカロンガを出発。もう150kmほどでザンビアに入る。





カロンガからザンビア国境に近い町のMchinji(ムチンジ)までは2通りのルートがあって、私は一番最短距離であろうルートを進んだ。





しかし、この道が予想外のオフロード。グーグルマップでは幹線道路を示す黄色だったののに。。。グーグルマップと言えどアフリカの田舎道までは流石にわからなかったか。。。
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ただ、この道は地元の人たちが良く使う道みたいで人の往来が非常に多かった。気のせいかもしれないが幹線道路沿いに住んでる人たちよりも穏やかで、挨拶もさわやかなように感じた。






特に子供たちの反応は明らかに違っていた。幹線道路沿いの子供たちは「アズンゴー(多分ムズンゴ、外国人の意味)!!Give me money!!」と決まり文句のように行ってくるのに対して、この道沿いの子供たちは遠くに私を見つけると手を振ってきて、近づくと逆に逃げて行ってしまう。時たま「How are you?」と声をかけてくれるぐらい。なんだか純粋な興味を私に向けてくれているようですごくホッとした。











そんなカントリーロードも40キロほどで別の幹線道路と合流し舗装路に変わった。すると途端に「Give me money!」コールが響く。タンザニアでも時たまこういった掛け声を聞いたが、マラウイでは子供はもちろんいい歳した大人まで言ってくることがある。





彼らの中では‘外国人=お金持ってる’とか‘外国人=何かをくれる’という方程式が成り立っている気がする。




現在、アフリカの国では様々な先進国や新興国から経済援助や物資の支援、ボランティアなどが行われている。特にマラウイは世界の最貧国の一つとされていて各国からの支援も非常に多い。実際走ってる中でも日本の支援で建てられた橋や道路やEUの支援で出来た農業研修施設などの看板を目にすることが多かった。そういった活動や支援によって今まで川に水を汲みに行っていた人たちが、ポンプ式の井戸できれいな水を飲めるようになったり、子供達が勉強するための学校が作られたり、診療所が出来たり薬が配られたりして、アフリカの人たちが病気で亡くなる割合も改善されただろうし、教育レベルも上がって来たのだろう。





だけどもそれは純粋な彼らの力ではなく先進国の支援によって得た成果や物に過ぎない。自分たちがやらずとも外から来た人たちが助けてくれたり物をくれたり施設を作ってくれる。そう思ったら人間だれしも一生懸命頑張ろうとはしなくなる。だって、自分達がしなくたって他からもらえるんだもの。きっと彼らの頭の中にはどこかしらにそういった思考があって、結果的にそれが「Give me ○○!」といった一方的な要求に繋がっているのではないかと思ってしまう。





大切なのは彼らが自立して、自分たちで問題を解決していけるようにすること。そのための技術支援や教育、指導はとても大切なことだと思う。だけれども先進国のペースで、過剰な支援はするべきでは無いとも思ってしまう。正直ブラックアフリカの人たちのペースはマイペースでかなり遅い。特に男どもは日中の私が走行中に見た限りでは、木陰でダベッていたり、音楽をかけながらお酒を飲んでいたりして、正直普通に働いている人が3割、のんびりしている人が7割くらいの割合だと思う。(ただ、女性は基本よく働いている。水汲みに来る人のほとんどは女性だし、農作業も女性がクワを振るっていることが多い。)




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途中で通った集落の自転車タクシーの兄ちゃん。木陰で寛ぎながら仲間と話し込んでいて、お客が来たら乗せていくといった感じ。それでも生活が成り立っているのだからそれが彼らの労働に対するペースなのだろう。ちなみにマラウイの自転車は中国製?のいわゆる人民チャリが多い。





そんな彼らのペースに合わせて根気強い支援でないといくら井戸を掘ってもポンプの修理ができない。学校や研修施設を作っても施設の補修や維持運営ができない。そうすると先進国の人たちがまた補修や維持をしてしまう。それが、結果的に彼らの成長する機会を奪ってしまうことにも成りかねないような気がする。私は正直ボランティアや支援とかにほとんど無縁な人間なので無責任な書き方だとは承知しているが現地を走っているとどうしてもそう思ってしまう。





でも、私なりに彼らの生活を眺めていて、彼らは彼らなりに毎日を楽しんで生活しているんだなとすごく感じる。通り抜ける村々、訪れる町、どこに行っても人々は基本笑顔で穏やかに過ごしている。日本みたく眉間にしわよせたサラリーマンなんて一人もいない。多分彼らに「今は幸せかい?」と聞けばほとんどの人は「あぁ、幸せだよ!」と答えるだろう。そんな様子を見ていると幸福は経済的な裕福とは関係ないんだなと感じずにはいられなかった。














そんなことを思いながら走っていたが、国境近くまで来た日の夜に再び発熱してしまった。夜中に38度まで上がったので、応急的にマラリアの薬を飲んでしのいだ。






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一泊1000クワチャ(250円)のレストハウス。独房のような部屋にトイレはボットン便所。体調が普通の時は別に何とも思わないが、悪いときは居心地が悪い。。。





翌日30キロほどでザンビアの国境に着き、マラウイ側で出国スタンプを、ザンビア側で入国スタンプとビザ(シングル30日$50)を難なくげっと。特にザンビアのビザ取りは50ドル払っただけで書類など一切記入することなく受け取ることができた。ここまで簡単な手続きだと逆に不安になる。



それ以上に「この金額じゃあ、入国期限は1日だけだよ。」と言った冗談を飛ばしてきたのが正直ウザかった。ただでさえ熱があって体調が良くなかった時にくだらない冗談に付き合う気力もなかった。この時の私は強烈な塩対応だったと思う。








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国境から25kmほどで、ザンビア最初の町Chipata(チバタ)に到着。宿を選ぶ気力が正直なかったので、最初に入ったそこそこ綺麗なロッジに即決。交渉で一泊2900円弱(150クワチャ)で朝食付きと若干高いが幸運なことに目の前が病院ということもあり今の私には好立地だった。




早速目の前の病院に向かいマラリア検査をお願いする。ジェネラルホスピタルなので、患者や待ちがかなり多く、合計4度別の人に問診されて要約検査してもらった。途中プラス20クワチャで優先的に診断するよと言われたので、20クワチャ渡す。こういう時は待ってられない。金で物を言わすのがアフリカンスタイル。。。




検査の結果マラリアの反応は陰性だった。もしかしたら前日にマラリアの薬飲んだからから反応しなかったのかも、ということでいくつかの薬と一緒にマラリアの薬も処方されて、その日から服用。




町の中心部にはヨーロッパでよく目にしたSPARが大きく鎮座していた。
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店内はもう先進国と何ら変わらない品揃え、新鮮な野菜、果物、肉、魚。ポテトチップやクッキー、雑貨、日用品などなど何でもそろう夢の国。特に総菜コーナーには常時10種類近い惣菜が並び、値段も手ごろ。体調回復のためには食こそ大事!ということでサラダや炭水化物、肉類など、バランスを考えながらいろいろ食べる。食事の種類を選べる贅沢を久しぶりに味わった気がする。








今現在体調も戻ってきたが、熱の上下が大きく不安定な体調が続いている。原因が何だったのか良くわからないのが少し気がかり。今後は様子を見ながら場合によってはバスなどで首都レベルの都市に移動することも念頭に入れないといけないと。。。
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